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沖縄印刷団地協同組合WEB


トピックス

 このページは、団地内の主な出来事やお知らせ、各組合員企業の新しい商品、これまでの主な出版物などを紹介するオールラウンドのトピックス・コーナーです。


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2006年

2007年




第2回文字・活字文化大賞意見文・小論文
入賞作品紹介


■ 県教育長賞受賞作品

[中学生の部]

県教育長賞(優秀賞)

『活字はどこへ行ったんだろう』

那覇市立石嶺中学校 二年

庭野 愛弓

 私は、読書が好きです。あなたは初めて出会った本を覚えていますか。私は、覚えていません。なぜなら、空気のように存在していたからです。

 生命が誕生して、初めて発声するのが「あ」という音だそうです。人は、成長とともに一つ一つの結晶を結ぶように、言葉を学んで生きてきました。そして、その多くを活字から得てきたと思います。ときには優しい眼差しで、ときには厳しく活字を追いかけている私たちがいたのです。文字・活字は、魔法のようなすてきな力を持っていると思います。気がついたときには、その魔法のとりこになっていました。

 魔法をかけてくれたのは、母でした。とても忙しかったはずなのに、母は幼い私にたくさんの物語の読み聞かせを通して、文字のシャワーを、優しい母の音声でかけてくれました。そのおかげで、今、私は文字と共存し、読書好きになりました。

 さらに、小学校に入学してからの六年間の朝の読書活動で「読み聞かせの会」のお母様方から文字のスコールを浴びました。そのときに覚えたのは「本の中の文字・活字で想像する力です。文字は映像よりもたくさんの刺激を私に与え、想像をふくらませてくれました。その当時はお母さん方の生の声が私の五感を揺さぶり、さらにそこに描かれていた色彩が感性を磨いてくれたのだろうと思います。陰でしっかりと支えてくれた人がいたことに、感謝します。

 現代の若者は活字離れになっていると言われています。私も中学校生活の忙しさの中で本を読む時間があまりとれません。また、映像の魅力やインターネットの便利さにとりつかれてしまい、いつの間にか幼い日に読み聞かせをしてもらった、あの頃のことを片隅に追いやってしまいました。心ひかれる良書に出会えば、誰もが文字・活字のとりこになることは不思議なことではないと思います。書物や新聞などの話題を通して会話もふくらみます。

 世界最古の洞穴絵画となるスペインのアルタミラやフランスのラスコーは初めて先人たちが出会った文字に代わるものでした。それはエジプトのパピルスという紙に書かれた文字となり、歴史を刻んできました。私は文字の歴史に触れることができ、その古代文字の解読者たちの功績を知ることで、さらに文字に対する興味関心を覚えました。そして特権階級のものであった文字は印刷の技術が進み活字となったことで、一般の人々にも広く行き渡るようになりました。歴史の中で語られる当時の人々の生活や感情は、活字を通して私たちに伝えられてきました。つまり「活字なしでは歴史はない。」ということです。

 多くの美しい夢や物語をつむいできた人類一冊の書物の最後の文字を読み終えたときに胸にわき上がる感動、そこには文字を通して得る共感が読む人すべてに伝わってきます。

 幼い日の読み聞かせに受けた感銘を私は忘れられません。そして、この感動を誰かに伝えたい、文字の持つ魔法の力を誰かに分けてあげたいと強く感じました。母の魔法は、私に夢を与え、未来の世界へと誘う力をもっています。いつの日か、忘れられてしまった魔法がまた心に戻ってくるように。「そうあってほしい」と願うのは私一人だけではないと思います。文字はそこに感銘や共感を覚えた人々がいたからこそ、今も生き続けています。

 私が母になったら、文字の魔法を私が母からかけてもらったように我が子に見せてあげたいです。自分の子供に活字の力を心で感じてほしいと思っています。

 文字は、これからもずっと歴史と夢を刻んでいくでしょう。手を伸ばせばすぐ届くところにある輝く力を、心で感じながら、共に生きていきたいです。


[高校生の部]

県教育長賞(優秀賞)

『生きた言葉』

沖縄県立首里高等学校 三年

神山 さくら

 「でも、声の出し方、忘れた」

なんて日向(ひなた)がノートに書くから、私はなんだか泣きたくなった。

 これはネット上に掲載されている携帯小説の一説で、最も印象に残った“言葉”だ。

 最近私は、文字を書く機会がほとんど無い。それは学校で板書を写す為の文字ではなく、“相手に伝えるために綴る文字”の事だ。

 中学生の頃は、手紙をたくさん書いた。県外に居る友達や、学校の友達。暇さえあれば、手紙を書いていた。「大会がんばってね!」などの軽い内容から、真剣な悩み相談までいろいろな言葉を文字にして伝え合って来た。

 ところが、高校に入学してケータイを手にしてからというもの、手紙を全く書かなくなり、代わりにメールを打つ様になった。今では当たり前の様に文字を打ち、絵文字や顔文字で怒った・嬉しいなどの感情を表現している。

 しかし、そのような生活に慣れてから、私は人との会話に違和感を持つようになった。普通に話しているつもりでも、勘違いしたり、されたりする事がある。何を伝えたいのかわからなくなる事がある。そんな時は、自分がどんな顔をして良いのかわからず、表情も微妙になり、その会話事態に虚無感を感じてしまう。そんな私は声の出し方を忘れた日向(ひなた)に似ていると思った。私は表現の仕方を忘れたのだ。

 十年前の私は、ケータイは大人が持つ物だと思っていた。ところが、今では小学生でも普通に持ち、おじいちゃんおばあちゃん世代までもが自由自在にその機械を操る。さらに、テレビやインターネットなどの機能も加わり、より便利な機器へと進化を遂げている。そして、そのことがケータイの機能を多様化し、ケータイを通して人と向き合うのではなく、ケータイという「もの」にだけ向きあう時間を増やす一因となっている。

 テレビゲームなどが良い例だ。友達と二人以上でやっていても、夢中になると無言になり、話しかけても上の空で、一人の世界に入ってしまう。こうした機械の普及がコミュニケーション不足の原因となり、子ども達はみんな、伝える事が下手になるのだと思う。最近やたらと増えている子どもが起こす犯罪や集団暴行、それに親を殺すといった殺人事件などは、そういう行為(こと)でしか自分を表現できなくなった子ども達の悲痛な叫びのように思えてならない。

 以前、薬物乱用で捕まった人が家族宛に書いた手紙を読んだ事がある。「早く家に帰りたい」「ごめんなさい」などという言葉が震えた文字で書かれていた。震える手を押さえ付け、何とか書いたのだろう。その手紙は、私の胸に深く染み込んだ。目頭が熱くなった。久しぶりに心まで届く“言葉”に出会えたと思った。ケータイの誰が打っても同じように表示される、形式ばった文字ではなく、心のままに手を動かして書いた肉筆。相手を想って書いた肉筆。それらは、機械で打たれる無機質な文字たちには無い“伝える力”を持っているのだと実感した。

 現代、多くの人が忘れている事は相手を想う気持ちかも知れない。伝える事は難しい。しかし、どうしたら相手が理解し易いか、どう工夫すれば上手く伝わるかなどを考えた上で発せられたり、綴られたりする“言葉”は生きた言葉となり、相手の胸にしっかりと届くことだろう。

 確かにメールは便利だ。けれども、受信ボックスが一杯になると、古い順から消えてしまい、何も残らない。その点、手紙はその時の字や、もらった時の状況、感情などをいつまでも保存でき、見直す事や、懐かしむ事もできる。“言葉”を何度でも楽しめるのだ。

 だからと言って、ケータイを含めた情報端末が悪いという訳ではない。ケータイを持っていたから遭難者が無事助かった、などという話も数多くある。そもそも私が、この言葉の本質や大切さに気づけたのは、コミュニケーション能力低下の一因として挙げた「ケータイ」で目にした携帯小説がきっかけである。ケータイの普及が無くては、ずっと気づけないでいたかもしれない。

 私はまた文字を書こうと思う。それらは詩でも手紙でも何でも良い。表現することを、また始めたい。“相手に伝える”ための自分自身の“生きた言葉”で。


■ 県知事賞受賞作品
[中学生の部]

県知事賞(優秀賞)

『心の叫び』

名護市立久辺中学校 二年

仲村 水紀

 私は、自分の気持ちを素直に伝えたりすることがとても苦手です。特に生活環境を話すことに大きな抵抗を感じていました。それは自分の生い立ちが影響しているといっても過言ではありません。

 幼い頃、私は「保護所」で数ヶ月間、生活を送ったことがあります。そこでの生活は、暗く、さびしく、つらいものでした。小学生になったばかりの私に、ここに来た理由を知るはずもなく、これからどうなるのだろうということばかり、考えていました。早く家に帰って、普通の生活に戻って、学校で友達と勉強したり、遊びたい、とばかり考えていました。その思いとは裏腹に、家にも帰れず、親にも会えず、学校にも行けなくて、とても心細い毎日を送っていました。あの頃の私は社会から隔離された気分で、私自身全く、落ち着きがなく、何で今ここにいるのか、ここはどこなのかと疑問に思いながら、誰かに確かめるわけでもなく、いつも頭の中で繰り返し考えていました。幼い私の頭と心はパンク寸前で、毎日が心細かったことを覚えています。

 その後、現在も生活を送っている児童養護施設への入所が決まりました。そこから学校へも通うことができ、保護所の閉鎖的な生活からガラリと変わりました。しかし、当時は泣いてばかりいました。学校・施設にも慣れず、不安で心がちぎれそうでした。

 それでも、先生方の温かさに触れることで、次第に生活にも慣れていきました。そして、親と離れて暮らす生活も受け入れられるようになっていきました。

 最初は、親と連絡を取ることもできなかったのですが、しばらくすると、電話で声を聞くこともでき、会えるようにもなりました。今までの私は、自分の生活環境を「人に話すなんてとんでもないこと」「できれば知られたくない」と思っていたのですが、そんな私の心を打ち砕くことが起きました。それは、同じ施設で生活を送る一人の先輩との出会いからでした。

 その先輩が、自分の今までの生活のこと、家族を大切に思う気持ち、施設での生活を送っていることなど、自分の気持ちを作文にまとめていたのです。そして、ある作文コンクールに応募し、見事入選し、一冊の本に綴られることになりました。

 私はこの本を読み、一言では表せないほどの衝撃を受けました。先輩がこんなことを書くなんて、意外で正直驚きました。しかし、自分の気持ちを素直に活字として残していた先輩がとてもうらやましくも思えました。それからです。私も自分の思いを書いてみたい、素直な気持ちを伝えてみたい、書くということで自分を表現してみたい、という気持ちが増してきたのは。

 実際、「書く」ということは、今まで、口で言えなかった、あるいはうまく伝えることができなかったことが、文字としてうそのようにスラスラと書けて、自分の気持ちにも素直になれるということのように感じます。何より、自分を見つめ直す、自己と向きあえることに大きな魅力を感じます。私は、この「文字」の不思議な魅力にとりつかれていくかのように、自分の生い立ちを含めた生活環境をしっかり書いていきたいと思うようになりました。そういう気持ちになったのも、先輩が書いた文章を読んでいたことが大きく影響していることは間違いないです。

 今では「文字」として形に残すことが、私の心の浄化にもつながっているのではないでしょうか。自分自身の気持ちもすっきりし、モヤモヤしていた感情が薄らぐことで、心が安らぎます。

 自分の生活を隠すことなく、文字を通して自己と向きあうことで、今を一歩一歩大切に歩んでいきたいです。

県知事賞(優秀賞)

[高校生の部]

『新聞を読んで』

沖縄県立向陽高等学校 二年

津嘉山 ひとみ

 私達現代人は、日々たくさんの情報の中で生活している。その媒体となる物も様々で、新聞、テレビ、インターネット等があげられる。中でも新聞は、現代人の生活に最もよく浸透しているマスメディアの一つであると言えるだろう。毎日の朝刊、夕刊には必ず目を通すという人も多く、二紙以上の新聞を定期購読している人も少なくない。多くの日本人にとって新聞を読むという行為は、何気なく行っている習慣の一つであるのだ。私にとっても、それは同様のことが言える。

 しかし最近、ふと気づいたことがある。それは、普段の様に何気なく新聞を読んでいた時のことだ。それは、新聞が読者に伝えたいニュース、読者が求めているニュース、社会にとって最も重要なニュースは、必ずしも一致しないということだ。よほどの大事件でない限り、各紙の一番読者に伝えたいこと(一面)の内容は同じではない。また、地方紙の一面で報じられている内容が、全国紙のどこにも見あたらないことだってあるのだ。このことは、ひどく私を困惑させた。読者の求めているニュースが、必ずしもその新聞に掲載されているとは限らないのだ。

 その理由は、新聞というメディアの特性にあると私は考える。読者にとって新聞とは、情報を与え「られる」という、受身のメディアなのだ。なぜなら読者の元にその情報が届くとき、すでにその情報の取捨選択は行われているからだ。そんな新聞とは全く正反対の特性をもつメディアがインターネットだ。インターネットでは随時最新の情報が発信されている上、情報の選択権は読者側にある。つまり必要な情報を、自力で探す術があるのだ。これが新聞だと、自分の必要な情報の有無は実際に読んでみなければわからない。また有るとしても、どれに掲載されているのかわからなければ、その情報を得ることは困難だろう。まさか何十年分もの新聞を、逐一読み返す訳にもいかない。しかしこれがインターネット上であると、簡単な操作で探すことが可能になる。求める情報がはっきりしている場合、インターネットを利用する方がずっと効率の良いやり方だと私は考える。また気軽に他人と意見を交換することもできるインターネットは、「進行形」のメディアだと言うこともできる。

 しかしその一方で、新聞だからこそできることも数多くある。あらかじめ情報の取捨選択がされているということは、逆に言うと、すでに必要な情報だけにまとめられているということでもあるのだ。時に私達に与えられた情報量はあまりに膨大すぎて、その内から必要な情報だけ選び出すことは、非常に面倒な作業となる。その点新聞だと、手っ取り早く要約された情報だけを得ることが出来るのだ。また新聞はその情報だけではなく、それに関する新聞社独自の意見や見識を伝えてくれる。社説等に代表されるそれは、情報を与えてくれるだけでなく、その後の考察までしてくれるのだ。大切な情報を見逃さないように示してくれるメディアは、現時点では新聞が唯一なのではないだろうか。

 これら新聞の特性を考えていくと、私が感じた、「新聞が読者に伝えたいニュース、読者が求めているニュース、社会にとって重大なニュースは必ずしも一致しない」ということの答えが、見えてくる様な気がする。新聞の役割は情報を伝えることだけでなく、その情報に独自の見識を伝えることにあるのだ。むしろテレビやインターネット等、様々なマスメディアがある今、新聞に求められるのはむしろその見識であると言える。

 現在日本でたくさんの新聞が刊行されている理由も、その見識が紙によって異なるからであろう。今後ますます新聞に求められるのは、その独自の考察なのだ。他紙と全て同じでは、新聞はその意味を失う。一面の記事は、その新聞社が、今一番読者に考えて欲しいことなのではないだろうか。日本の未来・地域の未来について、天災について、スポーツ選手達の偉大な功績について。各紙違っていて当然だ。読者がその内容について自分で考えるきっかけを与えることが、新聞の最大の役割なのではないだろうか




■ 大賞受賞作品
[中学生の部]

文字・活字文化大賞(最優秀賞)

『文字の輝き』

北中城村立北中城中学校 1

城間 彩花さん

 ある本に、誤植探しの趣味を持つ人物が描かれていました。誤植を発見すると、出版社に手紙を書いて知らせるのです。私は、人の失敗を探す嫌な性格だと思いました。しかしその人は言うのです。「誤植は、活字の砂漠に埋もれている一粒の宝石である」と。誤植は滅多になく、それ程珍しいものだという意味なのだろうと思いましたが、でもなぜ誤植を宝石に例えたのか、その後も気になっていました。そうしていると、別の本を読んでいた姉が偶然、誤植を見つけたのです。本は点検され間違いなどあるはずがないと思っていたので、きっと別の読み方があるのだろうと私達の知識不足を疑いました。しかし、結局誤植でした。はじめ私達は、珍しいものを見つけたとはしゃいでいましたが、次第にかわいそうに見えてきました。取り違えられた文字はさらしものになったようで、同時に本来使われるべき文字が出番を失ってしまったような感じがしたからです。そんな大げさな……と思われるかもしれませんが、それと似た思いを私も経験したことがあります。

 私の生まれた頃は、「あやか」という名前が流行していたらしく、同学年にも同じ名前が数名いるため、私は何度か名前を書き間違えられました。夏生まれの彩夏さん。どこか品格を感じる彩華さん。そして両親が姉とおそろいで「明るい花」をイメージしてつけてくれた私の「彩花」。漢字は単なる記号ではなく、その意味や印象を放っています。だから例え一文字でも違うと、それは私には見えないのです。名字や雰囲気で私のことだと分かりますし、人間だからミスはつきものと分かっていても、おもしろくないのです。誤植も同様で、使い場所を間違えられた文字は本来持つ輝きを放つことができず、時には他の意味に取り違えられたり、変な文だと笑われたりします。さらに誤植探しをするその人によると、「誰の目にも留まることなく、長い年月闇に埋もれたままになってしまうことが最も耐え切れない」そうです。つまり、文字を誤って使うことや、誤植を見過ごすことは罪深いことで、文字にもっと気を遣うべきなのです。そして、それぞれの文字が放つ意味や印象といった輝きの重要さに敬意を表して「宝石」と例え、その輝きを奪ってはいけないということなのでしょう。

 宝石にも例えられる文字を一つひとつつなげて、文ができます。首飾りのように、素材の良さをいかしてうまく配列すると、見栄えもよく価値も上がります。先人達は文字・漢字を繊細に使い分けてきました。例えば同じ「はかる」でも、重さなら「量る」、長さなら「測る」、時間は「計る」といった具合です。わずらわしいからと言って、全部ひらがなで書いてしまうと、読みづらいばかりか、単純で味気もなく、幼稚な文に見えると思います。文字は伝達の手段であると同時に、文化や伝統を伝える先人達が積み上げてきた資産です。だから、私達はきちんと受け継ぐため、文字を正確につづり、適切に用いる努力をしなければならないのです。そして子孫に伝えていく責任もあると思います。

 その責任を負う一人として私は、文字にたくさん触れ、先人達の残した宝物を楽しみながら習得していこうと思います。読むこと・書くことは映像を見ることとは異なり、時間もエネルギーも使いますが、立ち止まって噛みしめることができます。それぞれの文字が持つ輝きを確かめながら、つなぎ合わせ、自分の中にとりこむつもりです。美しい文章のほめ言葉に、「珠玉の」という表現があると、母に教えてもらいました。私も文字を正確に使いこなし、その輝きを十分に発する、まさに「珠玉の文」が書ける人になりたいと思います。

[高校生の部]

文字・活字大賞(最優秀賞)

『文字・活字の力』

沖縄県立西原高等学校 三年

瑞慶覧 愛さん

 我々人類は、文字を通して、文化・歴史を築きあげてきた。今日では、受験においても小論文を重点的に見ている学校も少なくなく、これは文字や文章によってその人の知識や考え方、人柄が出てくるからである。

 文字の素晴らしさは自分の考えを表現し、伝える事が出来る事にあると思う。しかも、細部にわたるまで自分の考えを的確に述べるだけでなく、絵や音楽のように時には息をのむほど芸術的であり、胸を打つほどの感動を与える事が出来るのが文字や文章の最大の魅力である。そしてあらゆる技法を用い、それを自己の中に取り組み、分析する事によってより自分らしい表現を見つける事ができる。例えば宮澤賢治や中原中也などの詩人は、独特な擬音語を使う事で自己の世界を確立した。もし中也のサーカスが「ゆあーんゆあーん」ではなく、「ゆらんゆらん」だったら作者の雰囲気作りも十分に出来なかっただろうし、読み手の人々の心にも深く残らなかったと思う。また、私達は古典や和歌を読む事によって先人達の暮らしを知り、その思想に思いを馳せる事が出来る。

 文字、活字の素晴らしさは一概に気持ちの表現だけにとどまらず、歴史や事実の継承といった重要な役割を持っている。

 暮らしを知り、文化を重ねる事によってその土地や国に歴史が生まれる。ある本に「アフリカには歴史が無い」と書いてあり、その理由として、アフリカには文字が無いため、口承ではどうしてもあいまいになり、過去に何があったか明確に知る事が出来ないからだ。文字を残すという事はそれほど重大な事なのである。

 「集団自決」今沖縄ではこの四文字をめぐって教科書問題が起きている。九月の二十九日には、教科書検定意見撤回を求める県民大会が行われ、県全体でも大きな動きが起こっている。もし、教科書からこの文字が無くなればどうなるのだろう。軍の命令、強制、誘導が削除されると、「住民は自ら死を選択した。」と誤解されることになり、日本軍という主語がなくなれば、誰がどうして住民が死に追い込まれたか分からなくなってしまう。その他にも、沖縄戦の話を聞く機会の少ない本土の人達などは、教科書の内容でしか触れる事が出来ない。そのため教科書からこの事実が消されてしまえば、ほとんどの人達が知る事が出来なくなってしまう。そのため、人々の意識や記憶の中から消えていく。一番恐ろしい事は、この出来事を忘れてしまい、再度同じ悲劇をくり返してしまう事である。大袈裟だと思う人もいるかもしれないが、現に今、若い世代を中心に戦争に対しての意識の空洞化が見うけられる。国の政治に関しても、防衛庁から省への自衛隊の拡大なども、決して平和な世界づくりにつながらないと思い、むしろ戦争への誘発に向かっている。

 私達は授業の一環として、一沖縄県民として集団自決について深く学び、考えさせられた。その中でも私の心をひどく揺さぶったのは金城重明さんの「軍国主義的皇民化教育の末路としての『集団自決』」の一節に「自らの手で愛するものの命を断したことは、狂った形においてではあるが、唯一残された愛情表現だった。」とあり、私の心には怒りや同情といった感情を超えたものがはじけ、自然と涙があふれ出た。修正後の教科書の中には日本軍による加害性を排除しようとの意図が透けて見え、政府による集団自決への「日本軍関与」隠しに激しい憤りを感じた。

 政府が悲惨な歴史にふたをしようとしている中で、戦後六十二年たった今でも生存者がいて、声をあげて「集団自決」という恐ろしい実相を訴えている。戦争体験者の方も高齢になっていき、生き証人が失われつつある今、私達にはこの事実を継承しなくてはいけない使命がある。口承ではぼやけてしまい、正確に伝わりきれない部分が出てくると思う。そのため永遠に錆びる事のない文字で後世まで残すべきである。

 沖縄タイムスに記載されていた県歴史教育者協議会委員長の平良宗潤さんの「一行の重み」にまさに文字一つ一つの力、大きさ、強さなどを実感した。

 一行の文字をめぐって島全体、日本全体が動いている。真実を伝えるために私達は一つ一つの文に願いを込め、思いを託す。美しい国は美しい言葉だけでは生まれないという事を多くの人に知って欲しいから、そして多くの人に真実をつぶした後に本当の幸せは来るのかという事を。たった一行の文が私達に与える影響を考え、真の平和づくりのために、私達は一つ一つの文字を残していきたい。





第2回文字活字文化大賞
入賞作品が決定しました


■第2回文字・活字文化大賞沖縄県青少年意見文・小論文コンクール(沖縄印刷団地協同組合・沖縄タイムス社主催、沖縄県、沖縄県教育委員会共催)の入賞者が決まりました。文字・活字文化大賞には、中学の部が北中城中学1年の城間彩花さん、高校の部は県立西原高校3年の瑞慶覧愛さんの作品が選ばれました。上位入賞者20人には、12月8日(土)午後2時から沖縄印刷団地協同組合ホールで開かれた表彰式で賞状、賞品が授与されました。
 賞品は、文字・活字文化大賞が、1万円相当の図書券、優秀賞は5千円、優良賞は3千円、入選は2千円相当の図書券、さらにノート5冊づつが贈られました。なお、上位入賞者の作品収録集も作成され、各入賞者に記念として配られました。同収録集は、県内各中学、高校にも複数冊づつ無料で贈られることになっています。
 表彰式には、県文化環境部米蔵博美文化生活統括監、県教委からは仲村守和教育長が出席、入賞した生徒を激励していました。
 入賞者は、次のとおり。

文字・活字文化大賞(最優秀賞)

  北中城村立北中城中学校 1年 城間 彩花(あやか)  「文字の輝き」

県知事賞(優秀賞)

 名護市立久辺中学校   2年 仲村 水紀(みずき)   「心の叫び」

県教育長賞(優秀賞)

  那覇市立石嶺中学校  3年 庭野 愛弓(あゆみ)

  「活字はどこへ行ったんだろう」

沖縄印刷団地協同組合賞(優良賞)

  与那国町立与那国中学校 3年 山川 早紀(さき)    「日本語の魅力」

沖縄タイムス社賞(優良賞)

  那覇市立金城中学校   1年 長濱 優子

  「読書と私」

入選

  那覇市立神原中学校   2年 田名 彩良(さら)    「心と心の会話」

  宮古島市立狩俣中学校  3年 島尻 昌喜

  「夏の手紙」

  名護市立久辺中学校   3年 宮里 雅美

  「私と読書」

  宮古島市立福嶺中学校  3年 平良 奈穂 

  「活字に触れて得るもの」

  那覇市立神原中学校   3年 伊良波真理沙

  「文字のWeb」

      

高校

文字・活字文化大賞(最優秀賞)

  沖縄県立西原高校   3年 瑞慶覧 愛

  「文字・活字の力」

県知事賞(優秀賞)

  沖縄県立向陽高校   2年 津嘉山ひとみ

  「新聞を読んで」

県教育長賞(優秀賞)

  沖縄県立首里高校   3年 神山さくら

  「生きた言葉」

沖縄印刷団地協同組合賞(優良賞)

  沖縄県立首里高校   2年 富田ともみ

  「新聞を読んで」

沖縄タイムス社賞(優良賞)

  沖縄県立那覇国際高校1年 グラント櫻子(さくらこ)   「文字という伝統の継承」

入選

  沖縄県立那覇商業高校 3年 平田 知穂

  「読むこと・書くことの大切さ」

  沖縄県立那覇国際高校 2年 西平 礼華(れいか)    「本を読むこと」

  沖縄県立那覇高校   2年 嘉数 涼子

  「文字・活字の力」

  沖縄県立那覇国際高校 2年 菊地 瑛未(えいみ)

  「読むこと・書くことの大切さ」

  沖縄県立球陽高校   3年 塩浜 敦子

  「解ること」

  



作品募集は、締め切りました


■第2回文字・活字文化大賞意見文・小論文コンクールの作品募集は、10月27日(土)で締め切らせていただきました。各学校現場の先生方をはじめ関係団体、関係者のご協力で、多くの作品が寄せられました。改めて感謝を申し上げます。
 作品審査は、11月中に実施し12月上旬の沖縄タイムス紙面で結果を発表いたします。なお、表彰式は、12月8日(土)午後2時から沖縄印刷団地協同組合ホールで行う予定です。


作品募集の締め切り延長

10月27日(土)まで


■第2回文字・活字文化大賞 意見文・小論文コンクールの応募締め切りは、10月1日(月)となっていましたが、学校行事の多忙な時期と重なり、作品の取りまとめ作業などが難しい状況にあると言われます。主催者としては、より多くの優れた作品の発掘を願って、締め切りを10月27日(土)まで延長いたします。


念願の適格組合認証得る


■沖縄印刷団地協同組合では、去る8月28日に念願の官公需適格組合の認証を得ることが出来ました。これを機会に共同受注事業を活発に推進していきたいと思います。
 官公需適格組合制度は、官公需の受注に対して特に意欲的であり、かつ受注した契約は、十分に責任を持って履行できる経営基盤が整備されている組合であること。これらの組合を中小企業庁(通商産業局及び沖縄総合事務局)が証明する制度です。国は、中小企業者がわが国経済の活力の維持及び強化に重要な役割を有することにかんがみ、その経営基盤を強化する観点から、国などの物品、役務の調達において中小企業者の受注機会の増大を図ることにしています。また、地方公共団体についても、国の施策に準じて必要な施策を講ずるよう努めなければならないとなっています。
 当組合は、今後も組合員である企業者全員が一体となつて、受注契約を確実に展行できる技術カや施工・生産・役務提供能力等の向上と、発注機関の信頼に十分応えることのできる責任体制の維持のため努力を払つて行きたいと思います。




意見文・小論文の募集要項決定
第2回文字・活字文化大賞コンクール


■第2回文字・活字文化大賞 意見文・小論文コンクールの作品を募集します。10月27日は、文字・活字文化振興法(平成17年7月制定)により定められた「文字・活字の日」です。この日にちなんで、文字・活字文化の素晴らしさについてあらためて考える機会にしようと、昨年から沖縄県、沖縄県教委の共催を得て、沖縄県内の中学、高校生を対象にしたコンクールを開催してきました。
 主催は、沖縄印刷団地協同組合と沖縄タイムス社で組織する文字・活字文化大賞実行委員会です。実行委員会では、文字・活字に深く関わりを持つ団体として、文字・活字文化振興法の立法趣旨に寄与したいと同事業を取り組んできました。
 昨年に続き、本年も県、県教委の共催をいただき、県青少年の文字・活字文化に対する関心を高め、国語力学習の奨励に役立ちたいと思います。
 今年は、中学生の部の「作文」を「意見文」に変更し、高校の部「小論文」とあわせて中学、高校とも「論理的な文章」を統一課題に設定いたしました。

コンクールのねらい

 日本人は、自分の考えを明確に述べることや書くことが、一般的に苦手と言われます。コミュニケーション能力が求められている現代において、論理的に文章を書く、述べる学習は、非常に大切です。「意見文」「小論文」の部門を設定したねらいは、中学・高校の現場で「自分の考えを持ち、論理的に意見を書く、述べる能力、目的や場面に応じて適切に表現する能力」の学習を奨励しようと考えました。
 たくさんの作品が寄せられることを願っています。

募集期間 
平成19年9月25日(火)−平成19年10月1日(月) 当日消印有効

テーマ

「本を読んで」「読むこと・書くことの大切さ」「新聞を読んで」「文字・活字の力」。いずれか一つのテーマを選択してください。

 審査の結果、優秀な作品には、文字・活字文化大賞や県知事賞、県教育長賞などが贈られます。また、上位入賞作品は、収録集に掲載され各学校や関係機関に無償で配布します。

送り先
〒901−1111 沖縄県南風原町兼城577番地

 沖縄印刷団地協同組合(2F)
 文字・活字文化大賞 意見文・小論文コンクール係

問い合わせ
 沖縄印刷団地協同組合事務局
 電話098−889−1199 FAX098−889−0095
 ホームページ http://www.oki-insatunet.jp/
 e-mail info@oki-insatunet.jp

 沖縄タイムス社文化事業局事業部
 電話098−860−3588 FAX098−860−3493

詳しくは、募集要項をご覧ください。
こちらから要項が、ダウンロードできます。






今年、官公需適格組合へ
青少年文字・活字事業も継続


印刷団地組合が通常総会


■沖縄印刷団地協同組合(宮城剛理事長)の平成19年度第36期通常総会が5月24日午後、沖縄ハーバービューホテルで開かれました。 総会では、平成18年度事業報告、財産目録、貸借対照表、損益計算書及び剰余金処分案などを承認。また、平成19年度事業計画や収支予算を決定しました。
 次年度事業では、組合員の負担を軽減するため、諸収益事業の強化を図り、自己財源の確保に努めること。また、国、県など官公庁の発注する印刷物の円滑な受注を確保するため、「官公需適格組合」の資格取得の年として、共同受注の補完に万全を期す。
 組合員間の情報交流の場を設ける事で、組合員間の回し仕事を
さらに活発にし、印刷のデパートとしての顧客対応をめざす。また、昨年に続き文字・活字に関わる業界として、「文字・活字文化の日」にちなんで中学・高校生を対象にした作文・小論文コンクールを実施いたします。

鑑定は、団地組合有利な結果に


■一方、懸案事項である南風原町固定資産評価審査委員会との訴訟問題については、最高裁判所で審理中であります。並列して那覇地裁に提訴している平成16年度、同17年度の固定資産評価審査棄却決定取消請求事件については、同地裁管轄下で「適正な価格」の鑑定を申し立てていました。地裁が指定した本土大手不動産鑑定事務所がこのほど、鑑定結果を掲示したところ、本団地組合に有利な結果がでました。
 基本的には、団地組合所有の団地内道路(通路敷)は、道路としての評価、また各組合員所有地は、用途地区が準工業地域と評価、判断しています。従来の南風原町は、団地内道路(通路敷)を「宅地」と評価し、団地全体の用途地区を「普通商業地」とし、今回の鑑定とは全く異なる評価であります。裁判所管轄下における鑑定によって、南風原町の評価基準のあり方が、根本から間違っていたことが明らかになりました。
 今後は、この結果を受けて、町の税務行政がどのような判断をし、どのような対応を選択するか、注視していくことにしています。

 総会の後、懇親会が開かれ、およそ50人の組合員幹部社員が駆けつけました。その席で、宮城剛理事長は、「昨年理事長に就任した際、前理事長から三つの宿題をいただきました。一つは、賦課金依存体質からの脱却、二つ目は文字・活字文化事業の取り組み、三つ目は固定資産評価審査委員会との裁判問題です。賦課金からの脱却は、さらに鋭意努力が必要です。文字・活字文化事業は、初めての取り組みをスタートさせ大きな評価をいただきました。裁判問題は、最高裁での判断がまだ出ていませんが、並行して進めている地裁での鑑定申し立てが本組合に有利に進んでおります。さらに、総会で承認されました次年度の事業推進に向け全力を尽くしますので皆様のご協力をお願いいたします」と挨拶しました。
 その後、来賓の挨拶や懇親が続き、盛会裏に全ての日程を終了いたしました。
(2007年5月28日)


晴れやかに 表彰


 文字・活字文化文化大賞コンクール

 

    晴れやかな入賞者と主催、共催の関係者




■第1回文字・活字文化大賞沖縄県青少年作文・小論文コンクール
(主催・同実委員会、沖縄印刷団地協同組合、沖縄タイムス社、共
催・沖縄県、沖縄県教委)の表彰式は、2月24日(土)午後、印刷団
地協同組合ホールで開かれました。主催者から賞状と副賞など贈ら
れた入賞者は、「これからも、書き続けます」と晴れやかに喜びを語
っていました。

(2007年2月24日)

「これからも、思い書き続けます」
       文字・活字文化大賞表彰式

■第1回文字・活字文化大賞の表彰式が、24日午後2時から印刷団地ホールで開かれ、入賞者は賞状と賞品を手に喜びをかみしめながらあらたな抱負を語っていました。
 表彰式には、入賞者の保護者や学校の先生、1次、2次の審査員、主催、共催の関係者などおよそ60人が出席しました。主催者を代表して宮城剛・実行委員長(沖縄印刷団地協同組合理事長)は「文字・活字文化振興法が制定され、活字と深い関わりを持つ印刷団地としてお役に立ちたいとこの事業を考えました。募集時期が遅れ、作品の集まりは多くはありませんでしたが、どの作品も素晴らしく、読んで大変感動しました」と入賞者を祝福しました。また、仲井眞 弘多県知事(代読・県文化環境部の大川芳子・生活文化統括監)、仲宗根用英・県教育長がそれぞれ「初回にも関わらず力のこもった作品が寄せられたと聞いている。これからも自分の意見や作品を発信する喜びを感じてほしい」「本を読むことで、さらにことばが磨かれ、豊かな感性、表現力、心が育まれることを感じさせられた。今後とも、本に親しみ、たくさんの知識を習得し、様々な体験を積んでもらい将来、有為な人材として社会での活躍を期待します」と祝辞を贈りました。
 また、沖縄タイムスの豊平良孝・文化事業局長は「みなさんの作品を読んで、逆に私たちが励まされ勇気をもらいました。これからも本や新聞を読み続けて欲しい」と激励しました。講評した津覇実明・審査委員長は「あふれる情報の中から、見極め、選別することが本を読み、書くこと。これからもたくさん文章を書いてください」と励ましていました。
 受賞者を代表して三和中学3年の玉城栞(しおり)さんは「作文を書こうと思ったきっかけは、私の考えを知ってもらうチャンスと思ったから。気持ちを文面にあらわすことで、自分の思いを再確認でき人にも伝わる。こんなすごい賞をとったのは、初めて。これからも、思いを書き続けたい」と喜びをかみしめながら抱負を語っていました。
 今回の副賞は最優秀賞が、1万円相当の図書券、優秀賞が5千円、優良賞が3千円、入選が2千円のそれぞれ図書券でした。また、各、入賞者にノート5冊も贈られました。さらに、入賞作品を収録した作品集が、皆さんに贈呈されました。同入賞作品集は、県内の各中学、高校にも無償で贈られることになっています。


文字・活字文化大賞に北中城中の城間さん

■文字・活字文化の日(10月27日)にちなんで、文字・活字文化の素晴らしさについて考え、知的で心豊かな社会実現をめざす「第1回文字・活字文化大賞 沖縄県青少年作文・小論文コンクール」(主催・沖縄印刷団地協同組合、沖縄タイムス社、共催・沖縄県、県教委)の最終審査が1月30日行われ、各賞が決まりました。上位入賞作品は、後日沖縄タイムス紙面に掲載されます。また、当ホームページでも、作品を公開していきます。

受賞者の皆様、おめでとうございます。

 受賞者、作品タイトルは、次の通りです。
中学生・作文部門
▼文字・活字文化大賞(最優秀賞)
城間利花子(北中城中学2年)=『文字の力』
▼県知事賞(優秀賞)
玉城栞(三和中学3年)=『知識へ変換』
▼県教育長賞(優秀賞)
糸洲真希子(城辺中学1年)=『読むこと書くことの大切さ』
▼沖縄印刷団地協同組合賞(優良賞)
比嘉歩夢(寄宮中学3年)=『本との出会いは「自分革命」』
▼沖縄タイムス社賞(優良賞)
仲宗根将司(佐良浜中学2年)=『幸せなニュースを届けたい』
▼入選
比嘉萌(首里中学2年)=『読むこと・書くことの大切さ』
儀間実柚(南風原中学2年)=『本の魔力』
大城琴和(大宮中学1年)=『私の小さな日々』
土田永渡(久辺中学3年)=『「新聞」と出会って』
宮城桃子(安慶田中学3年)=『書くことー私を伝える物語』

高校生・小論文部門
▼文字・活字文化大賞(最優秀賞)
なし
▼県知事賞(優秀賞)
大城研志郎(名護高校2年)=『読者が主体的に読む新聞』
▼県教育長賞(優秀賞)
中村愛美(具志川高校2年)=『言葉の力』
▼沖縄印刷団地協同組合賞(優良賞)
仲村渠典華(首里高校1年)=『読むこと・書くことの大切さ』
▼沖縄タイムス社賞(優良賞)
金城早百合(南風原高校3年)=『本と私の出会い』
▼入選・なし

応募総数は、38点(中学30点、高校8点)でした。

表彰式は、2月24日(土)午後2時から南風原町の沖縄印刷団地協同組合ホールで行います。

多くの受賞者およぼ関係者の出席を歓迎いたしております。




第1回文字・活字文化大賞作文・小論文コンクールは、今年1月15日に作品募集を締め切りました。各学校現場をはじめ、多くの関係機関、関係者のご協力をいただきました。改めて、感謝を申し上げます。
作品審査は、1月末に実施いたします。結果は、沖縄タイムス紙面で2月中の発表を予定いたしております。

正式な審査の発表後、当ホームページにおいても、入賞者、作品内容などを公開していきます。



迎春

明けまして おめでとう御座います。
今年も、よろしくご支援のほど、お願い申し上げます。

平成19年 元旦

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